克明に頁を繰っていくうちに、十二月廿日の日附の下に、つぎのような記載があるのを発見した。

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十二月廿日、晴天……昨十九日午後五時頃、本島ノ NWN ニ多数ノ漂氷ヲ見シガ、同夜半以来急速ニ発達シテ野氷ヲ形成ス。海岸ヨリ氷堤ノ縁辺マデ約五浬ニ及ベリ。
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 この記載によって私は屍体は海中に投棄されたのではないと断定を下した。娘はたしかに十二月廿七日まで生存していたはずだが、それより一週間前の十二月廿日に、海は五浬の沖まで結氷している。凸凹のはげしい氷原を五浬も屍体を運搬するのは困難な仕事であるばかりでなく、野氷の極限はつねに不正確なもので、表面から見ただけでは、浮遊する群氷と、堅固な野氷との区別がつかない。死体を海中に投棄するには、勢い氷原の極限まで行かなければならないが、自殺するつもりでなければ、実行は覚束ないからである。
 私は塩蔵所の岩蔭になにか夥しい白骨が散乱していたことを思いだし、帰途、大廻りしてそこへ行き、胸をとどろかせながら掻きさがして見たが、海象や膃肭獣の骨があるばかりで、人骨などは見あたらなかった。
 私は避難所の煖炉のそば
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