裂いてしまった。狭山がそれを口外せぬのは、共同の秘密にたいする仁義をまもっているので、そういうのが、この社会の良心なのである。
 では死体はどんな風に始末したのか。すぐ考えつくのは、ボイラーの火室で焼却する方法だが、島の乾燥室にあるのは、横置焔管式のコーニッシュ罐で、簡単な装置で、充分に熱瓦斯を利用するため、水管が焔室の中に下垂し、粉炭を使用するので、焚口は小さく、二重に火格子を持つ特殊な構造になっているので、死体を寸断したとしても、火室で人間を焼却することは不可能である。
 また、この島の氷の下は第三紀の岩盤になっているので、氷を穿って始末したかと考えるのは無意義だし、砂浜に埋めれば、解氷期の潮力の作用で、春先になって、ぽっかりと海面に浮かびだす危険がある。要するに、娘の死体は、海中に投げ入れたか、寸断して、海鳥に啄ばましてしまったのだろう。
 昼食をするついでに、清水技手の気象日誌によって、結氷の時期を調べてみようと思い、正午ちかく、小屋へ出かけて行った。
 狭山は、相変らず陰気なようすで床几にかけ、膃肭獣は、ひだるそうな顔をして寝そべっていた。私はランプの下に気象日誌を持ちだし、
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