に坐りこみ、血のように赤い薔薇の花簪を手のなかで弄びながら、いったい、どういう素性の娘であったろうと考えた。
第七日
午前九時ごろ、ふとした想念が心をかすめ、半睡のうちに微弱な意識でそれを保っていたが、覚醒すると同時に、きわめて明白なかたちになって心の上に定着した。
彼女はこの島に生存しているのではないのか。この島に若い娘がいたとしても、それは彼等の生活の権利内のことであって、格別、隠しだてしなければならぬような性質の事柄ではない。また、その娘を殺害したとしても、死体はたぶん無造作に放置されたであろうということである。
この樺太には(その当時)一人の人間の死を、とやかくと問題にするような神経過敏な風習はない。死はひとつの「措定」であるとして、原因まで詮索しないのである。必要があれば、崖から落ちて死んだとでも、脚気が衝心して死にましたとでも、いいたい放題のとぼけたことをいってすまされるのであるから、横着な彼等が、いかなる理由によっても、死体の湮滅などを企てようはずがない。
ところで、その死体はどこにもない。湮滅さるべき理由がないのに、この島のどこにも死体が見当らぬとす
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