に不気味な快戯性をあらわし、自分の寝台のほうへ這って行って膃肭獣をひきだすと、いとしくてたまらぬというふうに、ひき倒したり転がしたり、正視しかねるような狂態を演じはじめた。膃肭獣は腸を掻きむしるような悲しげな声で泣きたてた。私は居たたまらなくなって小屋を飛びだした。霧の中で遠雷がとどろいていた。

    第六日

 夜の十時ごろから強い北風が吹きだし、朝になると吹雪に変って、癇癪を起したように荒れまわった。今日あたりと思っていた離島の希望も、これでいっぺんに覆えされてしまった。
 私は起きあがるのも懶くなり、木箱を並べた寝台にひっくりかえって吹雪の音をききながら、この三日以来の問題を考えてみた。
 この島に人間が潜み得ないとすれば、簪の主は死んだと思うほかはないが、すると死体はどうなったのだろう。五人の焼死体だけがあって、なぜ簪の主の死体がないのか。
 昨夜、狭山は残留以来の島の生活を物語ったが、そのうちにはとるにも足らぬような些細な事柄が多かったのである。この島に若い娘がいて、それがここで死亡したというのはこの島としては花々しい事件で、当然、話題にのぼせなければならないはずなのに、
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