あった。

 南北に延びる岬の端まで行って見たが、そこにも氷の崖があるばかり。岬に近い丘の斜面を東側へ這いおり、海岸づたいに島を一周したのち西海岸から東海岸へ貫通する膃肭獣の追い込み用の地下道も入って見たが、斬りつけるような冷たい風が猛烈に吹きとおっているばかりで、人間が隠れひそみ得る横穴などなかった。
 小屋に辿りついて裏口から入って行くと、息苦しいほどの※[#「气<慍のつくり」、第3水準1−86−48]《うん》気のたちこめた薄暗いランプの下で、狭山はこちらに背を見せて惘《ぼう》然と坐っていた。発揚状態はおさまったらしく、無感覚なようすでむっつりと腕を組み、私が入って行っても立ちあがろうともしない。
「のっそりしていないで、飯の仕度をしろ」というと、狭山はぶつぶつ呟きながら、不誠実なやりかたで食卓の上に食器をおきならべ、自分の寝台のある、薄暗い奥のほうへひきさがって行った。
 空腹だったので、脇目もふらずに食事をつづけていたが、背後に視線を感じて振りかえってみると、狭山は寝台の上に片肱を立て、蚕棚から身体を乗りだすようにして、瞋恚と憎悪のいりまじったようなすさまじい眼ざしでこちらを睨
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