危害を加えるつもりでおびき出そうとしているのか。ものの言い方には、なにか企らんでいるような不自然なところはないが、もし狭山がまだ中間状態にいるのなら、逆らうとかえって悪い結果を招く。勇気を鼓して朝飯を食いに行くことにきめたが、予想のつかぬ将来のために、避難所だけは保有しておかねばならぬと思い、把手《ノップ》を握って、扉を揺すり、
「鍵をなくして、ここから出られないから、戸外をまわって、そちらへ行く」と、うまくいいつくろった。
 小屋の横手をまわって裏口から入って行くと、食卓の上には朝食の仕度が出来、膃肭獣は煖炉のそばで毛布の中から顔だけ出し、なにごともなかったようにトホンと天井を見あげていた。狭山もあんな物凄い錯乱をした人間だとは思われぬような落着きかたで、何杯も飯を盛りつけては、ゆっくり喰っていた。
 朝食がすむと、私は避難所にひき退ることにし、狭山に、
「向うの部屋で報告書を書くから、うるさくしてはならぬ」といい捨て、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々に裏口から飛びだすと、小屋の裏側に、庇掛《さしかけ》になった薪置場があるのを見つけた。逃避はいつまでつづくかわからず、充分
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