まえ、その端にはオホーツク海の怒濤が轟くような音をたてて荒れ狂っている。私は鉄架を握りしめ、障壁に凭れて眼を閉じたが、恐怖と憂悶に胸をとざされ、とうとう一睡もすることができなかった。狭山の哄笑と咆哮は、夜明けまでつづいていた。

    第四日

 一、夜のひき明けごろから風が凪いで、島のまわりを海霧が匍い、水の底のようなほの明るい朝になった。
 そのころから狭山の咆哮がきこえなくなり、なにか手荒くガタピシさせる音がひびいてくる。隣の部屋にどんな変化が起ったか知りたく思い、扉に耳をおしつけていると、狭山の重い足音が近づいてき、扉越しに、あなたはそこでなにをしているのかとたずねた。意外にも沈着な体で、声も病的なところがなく、言辞も妥当である。
「貴様が泣いたり咆えたりして、うるさくて眠れないから、ここへ移ったのだ」とこたえると、狭山は、ちぢこまったように詫びてから、あいつが死んでしまうのかと思って悩乱したが、明け方ごろからおさまって、元気になった、という意味のことをくりかえし、飯の仕度ができたから、こっちへ出て来てくれといった。
 狭山がほんとうに正気にかえったのか、中間状態にあるのか、
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