に薪を用意しておく必要があろうと思い、中へ入って薪を抱えとりながら隅のほうを見ると、六足の藁沓が並んでいた。狭山のとおなじもので、三足は棚の上に、三足は地べたに置いてあった。
私は薄暗い避難所へ戻って、なすことなく撫然と煖炉の傍に坐っていたが、狭山と五人の焼死者のほかに、この島に誰かもうひとり人間がいたのではないかという疑いをおこした。何気なく数を読取ってしまったが、たしかに六足の沓があった。藁沓は丈夫なもので、どんな長い冬でも、一足で充分に間にあうから、焼死した人間が五人である以上、藁沓は五足でなければならぬはずである。
さしたる意味もなく、眠りにつくまで、漠然たる疑問を心の隅に持ちつづけた。
第五日
一、正午近くなると、避難所の窓からぼんやりと蒼白い薄陽がさしこんできて、澱んだように暗かった土間の片隅を照らしはじめた。久しぶりに見る陽の光に心をひかれ、陽だまりの方へ眼をやると、なにか嬌めかしいほどの紅い色が強く眼をうった。そばへ行って見ると、それは匂いだすかと思われるばかりの真新しい真紅の薔薇の花|簪《かんざし》であった。
荒凉たる岩山の孤島に真紅の薔薇の花簪と
前へ
次へ
全51ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング