ると、屈折につれて天鵞絨のような毛のうえを素早く美しい光沢が走る。胸は思春期の少女のように嬌めかしい豊かな線を描き、手足のみずかきは春の霞のように薄桃色に透けていた。眼はおっとりと柔和に見ひらかれ、どんな動物のそれよりもやさし気だった。
 狭山は可愛くてたまらぬというように、※[#「舌+低のつくり」、第3水準1−90−58]めまわす眼つきで惚れぼれと眺めていたが、異相の大男のどこからこんな声が出るかと思われるような甘ったるい声で、
「花子や、旦那にお辞儀しねえか」といった。膃肭獣はきょとんと狭山の顔を眺めていたが、その意味がわかったのだとみえ、いくども首をあげさげして、お辞儀をするような真似をした。狭山は首を振ったり、クックッと笑ったりしていたが、膃肭獣との愛情を誇示したくなったらしくいろいろな掛声をかけると、膃肭獣は遠いところを眺めるような眼つきをしながら、狭山の肩に凭れかかったり、膝のうえに這いあがったりした。恍《とぼ》けた、愛らしいともいうべきしぐさであるにもかかわらず、なぜか、それが私の心をうった。妙に心に残る情景だった。

    第三日

 一、風は依然として吹きつづけ、来
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