どはなかったろう、いわばこのうえもない最後だった。
 猛烈な火は北風に煽られてたちまち隣りの物置に移り、食料品、野菜、猟具、人夫どもの雑多な私有品などを焼きつくしたうえ、剥皮場と看視人小屋に飛火してひと嘗めにし、獣皮塩蔵所を半焼したところで、ようやくおさまった。そのとき風が変ったのである。
 狭山は乾燥室の奥まったところで酔いつぶれていた。爆発と同時に、狭山ももちろん吹き飛ばされた。しかし、このほうは火の中へ落ちずに氷の上に叩きつけられた。ちょっとしたことだが、これがたいへんな違いになった。腰を痛めただけで、命には別条がなかった。狭山自身はなんの自覚もなかった。よほどたってから、ゆっくりと眼をさました。しばらくの間、なにが起ったのか了解する事ができなかった。燃え狂う炎をぼんやりと眺めていたのである。
 一、獣皮塩蔵所の建物は、崖下の雪の中に一種素朴なようすで焼け残っていた。疎らに立ち並んだ五六本の焼棒杭に氷雪がからみついて、樹氷のようにつらつらに光り、立木一本ない不毛の風景に、多少の詩趣をそえるのである。
 五人の屍体は、焼け残った、申し訳ばかりの屋根の下の板壁に寄せ、塩と雪とが半々に
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