示唆がこの謎を解析してくれた。
 この島の特質上、石膏末、コロジウム繃帯、縫合針、義眼など、剥製に必要な器具材料が、なにひとつ欠けることなく取揃えられてあり、そして狭山は熟練した剥皮夫である。目測したところでは、膃肭獣の身長は一・四米から一・五米の間であるから、小柄な女なら支障なくその中にひそみ、膃肭獣の皮をつけたままどのような人を馬鹿にした行動でもとり得るのである。
 娘は膃肭獣の中にいる。私はうまくしてやられた思いで、
「ちくしょう」と舌打ちをしたが、なんのために娘を膃肭獣の中へなど入れてあるのか、理由を発見するのに苦しんだ。膃肭獣をひっとらえて、事実のところをたしかめて見たく好奇心の荷重で耐えがたいほどになった。決行するには狭山の留守をねらうほかはないが、一日に一回しか機会がない。狭山が薪小屋に薪をとりにゆく時だけだ。
 私は扉の前に積んだ木箱や古机を、音のしないようにもとの壁ぎわに移し、鍵をあけ、いつでも飛びだせるように用意した。間もなく、いつものように薪箱に手鈎をひっかけてひきずり出す音がきこえ、裏口の扉がバタンと鳴って、狭山が戸外へ出て行った。私はひきちぎるように土間の扉をあけると、狭山の寝台のそばまで飛んで行った。
 膃肭獣は嫋やかな背を見せて丸くなって眠っている。私は首筋を掴んで寝台の下からひきだした。膃肭獣はキョトンと私の顔を眺めていたが、身ぶるいをひとつすると、髯の生えた唇を釣りあげ、牙をむき出して私を寄せつけまいとしたが、委細かまわず背筋をこきおろし、あおのけにひっ繰りかえして腹部をあらためて見たが、どこにも縫合のあとはなく、生温い体温とじっとりとした膏じめりが掌につたわったばかりであった。まぎれもなく、現実の膃肭獣であった。美しいセピア色の密毛の下に感じられるのは、モッタリとした脂肪層と膃肭獣特有の骨格で、鰭を動かすたびにかすかに関節が音をたてた。膃肭獣は鰭をバタバタさせ、私の手から逃れようと藻掻いていたが、口腔の奥まで見えるほど大きな口をあけて威嚇したのち、つと顔をのばして私の手を強く噛んだ。口の中に牡丹の花弁のような赤い舌が見えた。
 土間に駆け戻ると、昂奮も焦慮も一挙に醒めはて、途方に暮れたような気持で木箱の上に坐りこんでいた。もとはといえば、土間の花簪と柱暦に巻き込まれていた女の髪の毛から始まったことだった。が、考えて見ればその花簪は
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