りあげてグッとひと息にあおりつけ、
「……話はすこし古くなりますが、ちょうど今から三年前。阿波屋の離れ座敷を普請《ふしん》することになって、あっしがその建前《たてまえ》をあずかったんでございます。……このほうにはべつに話はございません。日数を切った仕事でありませんから、じゅうぶん念を入れ、存分な仕事をしたんでございます」
「うむ」
「……すると、今年の二月ごろ、あっしのところへ阿波屋さんから迎えが来ました。なんの用かと思って行って見ますと、離家のことなんだが、夜ふけになると、風もないのに木の葉のすれあうような微かな音がし、そのあい間あい間にハーッと長い溜息が聞えてくる。そればかりならまだいいが、ウトウトと眠りにつくと、黒雲のような密々としたものが天井から一団になって舞いくだってきて胸や腹へのしかかり、朝まで魘《うな》され通しに魘される。あの離家になにかさわりでもあるのではないかと思われるから、とっくり調べてもらいたいという埓もない話なンです。……なにをくだらねえと思いましたが、まさかそうも言われないから、いやいやに離家へ行って、床下から檐裏《のきうら》、舞良戸《まいらど》の戸袋というぐあいに順々に検べ、最後に押入れの天井板を剥がして天井裏へあがって行きました。すると……」
「すると?」
「えらいものを見ました」
「どうした、急に顔色を変えて。……なにか怖いものでも見たのか」
あふッ、と息を嚥んで、
「……ちょうど八畳の居間のまうえあたりに梁が一本いっていて、それに垂木が合掌にぶっちがっているところに、六寸ばかりの守宮が五寸釘で胴のまんなかをぶっ通され梁のおもてに釘づけになっているンです。垂木の留《とめ》を打つとき、はずみでそんなことになったんだろうと思いますが、そうしようと思っても、こうまでうまくはゆかなかろうと思われるくらい、見事に胴のまんなかを……」
「それがどうしたというんだ」
ひ、ひ、と泣ッ面になって、
「いくら臆病なあっしでも、それだけなら、かくべつ、びっくりもしゃっくりもしねンですが、なに気なく糸蝋燭《いとろうそく》のあかりをそのほうへ差しつけて見ますと、思わず、わッと音をあげてしまった。……見ますとね、どこからやって来るのか、なん千なん百という一寸ばかりの守宮の子が梁の上をチョロチョロチョロチョロと動きまわっている。蚯蚓《めめず》ほどの守宮の子が梁
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