、半年足らずのうちに一家六人が次々に死ぬというのは只ごとじゃありません」
「医者の診断《みたて》はどうなんです」
「破傷風《はしょうふう》というんですが、そのへんのところがはっきりしない。医者が先に立ってこれはなにかの祟りでしょうと言うんだそうですから、けぶです」
「もうそのくらいにしといてください、あまり気色のいい話じゃねえから」
「あなたはいいが、わたくしのほうは、なにしろすぐ真向いなんだからこれには恐れます。……ざんばら髪の白髪《しらが》の婆が、丑満時に、まっくらな阿波屋の家《や》の棟《むね》を、こう、手を振りながらヒョイヒョイと行ったり来たりするのを見たなんていうものがありまして、女こどもは怯えてしまって、日暮れになると、あなた、厠《かわや》へもひとりで行けない始末なんです。……それはいいが、こうのべつの葬式つづきじゃこっちも附きあいきれない。といって、おなじ町内で知らない顔も出来ないし……」
「いや、ごもっとも。しかし、阿波屋もたいへんだ。これで主人を残して一家が死に絶えてしまったというわけですか」
「死に絶えたも同然。……あとには末娘のお節という十七になるのがひとり残っていますが、これだって、この先どうなることやら……」
アコ長ととど助が二階で風に吹かれながら桜湯《さくらゆ》を飲んでいると、すぐ後から、濡れた身体へ半纒をひっかけながらあがって来た三十二三の職人体の男。おずおずしながら顎十郎の前に膝をつき、
「仙波さま、無沙汰をしております。……金助町にいつもお世話になっている大工の清五郎でございます」
「おお、清五郎か。……どうした、ひどくしけ[#「しけ」に傍点]ているじゃないか」
「へえ、……いえ、どうも、まったく。……その、弱ってしまいました」
たどたどと口籠って、ハアッと辛気《しんき》くさく溜息をつき、
「あなたさまを見こんで、折入って聴いていただきたいことがございますンですが」
顎十郎は、へちまなりの大きな顎のさきを撫でながら、ほほう、と曖昧な声を発し、
「以前とちがって今は駕籠舁渡世。ろくな聴き方も出来まいが、話というのはどんなことだ」
「そのことでございますが……」
清五郎は膝小僧を押し出すようにして声をひそめ、
「……いまお聴きになりましたでしょう、阿波屋の……」
「うむ、六人が順々に死んで、やがて阿波屋の一家が死に絶えるだろうとい
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