でも構わねえから、気のついたことがあったら、言ってみてください」
「……お訊ねがなかったら、わたくしのほうから申しあげようと思っていたんですが、実は、ちょっと妙なことがございました」
「ほほう、それは、どんなことです」
「……わたくしが御物の弓を持ち、近江屋一家の七八間あとから歩いてまいりましたが、どういうわけなのか、数ある水干《すいかん》のうち、近江屋の四人の襟もとだけ、ボウッと、こう、薄明るくなっているんでございます。奇妙なこともあるもんだと思っておりますうちに、とうとうこんなことになってしまって……」
「それは、いったい、なんでしょう」
「さあ、手前なぞには、いっこう、どうも」
 アコ長は、藤右衛門のほうを向いて、
「今お聞きのようなわけですから、どうか、土蔵のようなまっ暗な場所へ近江屋一家四人の死体をお移し願いましょうか」
 へえ、かしこまりましたで、藤右衛門は立って行く。
 下ッ引に桜場と五造の袂を取らせ、手燭を先に立ててアコ長以下三人が土蔵の中へ入って行くと、土蔵のまんなかに蓆を敷いて四人の死体が俯伏せにならべてある。
「じゃア、どうか土扉《つちど》をしめて戴きましょう」

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