明けかかろう。
 三人はお仮屋わきの幕屋の中にひとかたまりになっていると、闇の中を手さぐりしながらそろそろと歩いて来たものがある。圧しつけたような忍び声で、
「そのへんに江戸からおいでなすったひょろ松の旦那がおいでではございませんか。おいでになりましたら、どうかお返事を願います」
「ひょろ松はここにおりますが、そういうあなたは、いったいどなたで?」
 声をたよりにズッと捜《さぐ》りよって来て、ひどく息をはずませながら、
「……あっしは、さきほど近江屋といっしょにお眼にかかった二引藤右衛門でございますが、実は、お渡御の道すじに誰か死んでいるようなんで……」
「えッ」
「それも一人や二人じゃありません。五間ぐらいずつ間をおいて、四人まで俯伏せになって倒れているんでござんす。もしや近江屋の一家が殺られたンじゃないかと思いまして、ちょっとそれを、お耳に入れに……」
 ひょろ松は、頓狂な声をあげて、
「藤右衛門さん、そ、それは確かなんでしょうね」
「あっしがさわって見たところでは、確かに死んでおります」
 顎十郎は、口をはさんで、
「まっ暗がりでご挨拶もなりません。あっしは、ひょろ松親分の下廻り
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