は》き胡※[#「竹かんむり/(金+碌のつくり)」、第3水準1−89−79]《やなぐい》を負った神人《かんど》が四方にむかって弓の弦《つる》を鳴らす。
 さあ、もうそろそろ始まるぞと思っているうちに、動座《どうざ》の警蹕《けいひつ》を合図に全町の灯火がひとつ残らずいっせいにバッタリと消される。
 日暮れまではいい天気だったが、夕方から風が出て雲がかかり、星の光も見えないように薄曇ってしまったので、鼻をつままれてもわからないようなぬば玉の闇。本殿から仮宮《かりみや》までの十町の道には、一間幅にずっと白砂が敷いてあるので、道筋だけはようやくわかるくらいなもの。
 いよいよ丑の上刻となれば、露払い、御弓箭《おゆみや》、大幡《おおはた》、御楯《みたて》、神馬《じんめ》、神主を先頭に禰宜、巫、神人。そのあとに八基の御神輿《ごしんよ》、御饌《みけ》、長持。氏子総代に産子《うぶこ》三十人。太古のような陰闇たる闇の中を粛々と進んで行く。神々《こうごう》しくて身もしまるような心持。
 これが、蟻の這うような擦り足で行くんだから十町ほどの道がたっぷり一刻はかかる。お仮屋に御霊遷がおえたころには、早い夏の夜は
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