バタバタと土扉がしまって土蔵の中はまっ暗闇。そのとたん、不思議や、四人の水干の襟のあたりで同じような薄青い燐光がボッと光る。
「いや、よくわかりました。どうか土扉をおあけください」
 土蔵の中が明るくなると、アコ長は、
「ねえ、藤右衛門さん、今度の御神饌《ごしんせん》に生烏賊《なまいか》があがりましたろう」
「さようでございます。近江屋の廻送で、わざわざ越後から早駕籠で取りよせたということで」
「四人の襟を嗅いでみると、いかにも生ぐさい。これは暗闇の目じるしにするために四人の水干の襟に烏賊の腸汁《わたじる》を塗ったンです」
「へへえ、そういうわけでございましたか」
 アコ長は、五造にむかい、
「五造さん、あなたはこの四人の襟もとが光るのを、たしかにごらんになったのですね」
「さようでございます、確かに見ました」
 アコ長は、それを聞き流してひょろ松に、
「これで、もう話はわかったようなものだ。ひょろ松、構わねえからふン縛っちまえ」
 合点承知、とひょろ松が立ちあがって、ムンズリと坐っている桜場のほうへ詰めよって行くと、アコ長は、手でおさえ、
「おいおい、見当違いしちゃいけねえ。下手人はそっちじゃねえ、この猫眼のほうだ」
 ひょろ松は、驚いて、
「ご冗談。……猫眼というのは夜眼のきくもの。なにもそんな手数をかけて烏賊の腸汁なんぞ塗ったくる必要はねえじゃありませんか」
 アコ長は、それには答えず、いきなり五造の手を取って、
「たいそう巧くたくらんだが、訊きもしねえことをすこし喋りすぎたようだ。暗闇なればこそ烏賊は光るが、明るいところでは見えねえはず。おまえさんは猫の眼玉でまっ暗闇でも黄昏ほどの明るさで物が見えるという。そういう眼が烏賊汁の光るのが見えるか。……天に口あり人をもって、も古い譬えだが、よけいなことを喋ったばかりに自分でボロを出した。……五造、どうだ、恐れ入ったか」
 ひょろ松は、野郎ッと言いながら、五造に飛びかかって押えつけ、
「なるほど、こいつア企らんだ。よく見えるのをわざわざ烏賊汁なんぞ塗りつけ、桜場になすりつけるために、逆手の逆手で自分の胡※[#「竹かんむり/(金+碌のつくり)」、第3水準1−89−79]の矢をつかうなんてのは面《つら》に似気《にげ》ない土性ッ骨の太いやつだ」
「畜生ッ」
 と、恐ろしい悪相になって睨《ね》めあげる五造の顔を、アコ長は
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