なんていうのはひどいじゃないか」
五造は血相かえて膝行《にじり》だし、
「と、と、飛んでもない。なんでわたくしがそのような大外れたことを致しますものですか。仮に、わたしにそんな心がありましたとしても、自分が背負っている胡※[#「竹かんむり/(金+碌のつくり)」、第3水準1−89−79]の矢なぞは使いはいたしません。これが取りもなおさず、わたしの仕業でないという証拠。……察しますところ誰かわたしに人殺しの罪を塗りつけようため、暗闇にまぎれてわたくしの胡※[#「竹かんむり/(金+碌のつくり)」、第3水準1−89−79]から矢を盗みとったものと思われます」
アコ長は、頭を掻き、
「やア、これは一言もない。そう言われれば、それに相違ない。これはちょっとわからなくなってきた」
ひどく大真面目な顔で首をひねっていたが、急に声を低め、
「こういっちゃ失礼だが、あなたは田舎のひとに似合わず、珍らしくハキハキと物をいいなさるようす。こういう事件には、どうでもあなたのような方にあれこれと口添えをして貰わなければなりません。……ねえ、五造さん、今朝の件について、あなた、なにか心当りはありませんか。なんでも構わねえから、気のついたことがあったら、言ってみてください」
「……お訊ねがなかったら、わたくしのほうから申しあげようと思っていたんですが、実は、ちょっと妙なことがございました」
「ほほう、それは、どんなことです」
「……わたくしが御物の弓を持ち、近江屋一家の七八間あとから歩いてまいりましたが、どういうわけなのか、数ある水干《すいかん》のうち、近江屋の四人の襟もとだけ、ボウッと、こう、薄明るくなっているんでございます。奇妙なこともあるもんだと思っておりますうちに、とうとうこんなことになってしまって……」
「それは、いったい、なんでしょう」
「さあ、手前なぞには、いっこう、どうも」
アコ長は、藤右衛門のほうを向いて、
「今お聞きのようなわけですから、どうか、土蔵のようなまっ暗な場所へ近江屋一家四人の死体をお移し願いましょうか」
へえ、かしこまりましたで、藤右衛門は立って行く。
下ッ引に桜場と五造の袂を取らせ、手燭を先に立ててアコ長以下三人が土蔵の中へ入って行くと、土蔵のまんなかに蓆を敷いて四人の死体が俯伏せにならべてある。
「じゃア、どうか土扉《つちど》をしめて戴きましょう」
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