の鮨や、小鰭の鮨……」
「笑わしちゃいけねえ。小鰭の鮨売が小鰭の鮨というのには不思議はなかろう。そのほかに、なにか無駄なセリフがなかったのかと訊ねているんだ。文句にしろ唄にしろ、娘を引っぱり出すような気障《きざ》なふれ方をしたのじゃなかったのか」
「いいえ」
「こいつア驚いた。どうしてそれがわかる」
「なにしろ、そういういい声なンで、お店の番頭や丁稚が耳の保養のつもりで待ちかねていて、きょうの鮨売は昨日のよりはいい声だとか渋いとかと評判をするンです。そういうわけですから、ふれ声の中になにか気障な文句でもまじったら、誰にしたって聞きのがすはずはない。佐吉にしろ、新七にしろ、また八太郎にしろ、その日その家の近くでふれ声を聞いていたのは一人や二人じゃないンですから、これには間違いはありません」
「おやおや、それじゃまるっきり手も足も出やしない。……すると、なんだな、ひょろ松、こりゃア神隠しだ」
「じょ、冗談。……そんなこと言ってなげ出してしまっちゃ困ります。なんとか、もうすこし考えて見てください」
「それまでに言うなら、もうすこし頭をひねって見ようか」
 と言って、腕を組み、
「おい、ひょろ
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