腕によりをかけていろいろと趣向を凝らす。菊人形師などというものもあらわれ、小屋の数もふえて六十軒あまり。小屋名の入った幟を立て、木戸には木戸番がすわって、
「こちらが菊人形の元祖、植半《うえはん》でござい。当年のご覧ものは、中は廻り舞台、三段返し糶上《せりあ》げ。いちいち口上をもってご案内。サア、評判評判」
「手前どもは植梅《うえうめ》でございます。五代目|団蔵《だんぞう》の当り狂言『鬼一法眼三略巻《きいちほんげんさんりゃくのまき》』。三段目『菊畑』、四段目は『檜垣茶屋《ひがきぢゃや》[#ルビの「ひがきぢゃや」は底本では「ひがきじゃや」]』。おなじく五段目『五条ノ橋』は牛若丸の千人斬り。大序より大詰めまで引きぬき早がわり五段返しをもってお目にかけます。……大人は百五十文、お子供衆はただの五十文、お代は見てのおもどり、ハア、いらはい、いらはい」
「手前どもは植金でございます。今年の趣向は例年とこと変り……」
 と、声を嗄《から》し、競《きそ》って呼びこみをする。
 たいした人気で、九月の朔日《ついたち》から月末までは根津から藪下までの狭い往来が身動きもならぬほどの人出。下町はもちろん、山
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