しにひょろ松の顔を眺め、
「だいぶお顔の色が悪いようだが、こんどは、いったいどういう筋だ」
 ひょろ松は、顔へ手をやって、
「そんなに嫌な顔をしていますか。……筋というほどのたいした筋じゃないンですが、それが、まるっきり雲をつかむようなはなしなンで。きょうまでいろいろやってるンですが、どうにもアタリがつきません、弱りました」
 と言って、ため息をつく。
 アコ長は、気がなさそうに、
「きまり文句だの。……それにしても、そう萎《な》えることはあるまい。喰いながらでもはなしは出来るだろう。そんな顔をしていられると、せっかくの蕎麦が不味くなる」
 相棒のとど助もうなずいて、
「ひょろ松どの、ためいきばかりついておらんで、わけを話してみらっしゃい。品川砲台の大砲《おおづつ》でも盗まれましたか」
「そんなはっきりしたメドのあるはなしじゃないンで」
「なるほど」
「……じつは、小鰭《こはだ》の鮨《すし》なんですが……」
「ほほう」
「このせつ、むやみに美しい娘が行きがた知れずになります」
 アコ長は笑い出して、
「そりゃア、いったい、なんのこった。……『小鰭の鮨』に『美しい娘』。……そのあとへ『菊人形』とでもついたら、まるで三遊亭円朝の三題噺だ。……ひょろ松、お前、どこかぐあいの悪いところでもあるのじゃないのか」
 ひょろ松は、ひ、ひ、ひ、と泣笑いをして、
「こんどばかりは、あっしも音をあげました。じたい、たわいのねえ筋のくせに、ひどくこんがらがっていやして、あっしにはどうにもあてがつきませんのです。……くわしくおはなししなければおわかりになりますまいが、じつは……」
 と言って、ふたりの顔を見くらべるようにしながら、
「いったい、こういうはなしを、どうおかんがえになります」
 先の月の中ごろから、若い娘がむやみに家出をしてそのまま行きがた知れずになってしまう。いずれも大賈《おおどこ》の箱入娘で、揃いもそろって縹緻よし。町内で小町娘のなんのと言われる際立って美しい娘ばかり。
 八月の十七日には、浅草の材木町《ざいもくちょう》の名主石田郷左衛門の末っ子で、お芳という十七になる美しい娘。
 おなじく二十日には、深川|箱崎町《はこざきちょう》の木綿問屋、桔梗屋《ききょうや》安兵衛の娘のお花、これも十七歳。
 おなじく二十六日には、千住三丁目の揚屋《あげや》、大桝屋《おおますや》仁助のひとり娘でお文、十八歳。もっとも、これは根岸の寮に来ていて、そこから抜けだした。
 一日おいて二十八日には、下谷|坂本町《さかもとちょう》二丁目の名代の葉茶屋『山本園』の三番目の娘で、十六歳。奥まったじぶんの部屋で人形の着物を縫っていたが、鋏を持ったまま庭づたいに裏木戸から通りへ出て、そのまま行くえ知れずになってしまった。
 これが春さきなら、のぼせてついフラフラということもあろうが、今は菊の季節。花札でも菊には青い短冊がつく。のぼせるの、気が浮き立つのということはあるまい。
 十日ほどのあいだに、いま言ったような揃いもそろって縹緻のいい箱入娘が四人も家から抜け出している。どういうわけあいなのか、どこへ行ってしまうのか、いっこうにわからない。
 ただひとつ変ったことは、四人の娘が家をぬけだした時刻がだいたい似かよっている。正午すぎの八ツから七ツまでのあいだ。妙といえば、妙。
 もひとつは、娘たちが家をぬけだすすこし前に、小鰭の鮨売が例のいい声で呼び売りをして行った……。もっとも、これはあとで思いついたことで、少々|附会《こじつけ》じみたところもないではない。
 最初に言いだしたのは、桔梗屋の女中なので。……じつは、お嬢さまがぬけだされるすこし前に、小鰭の鮨売が塀の外を『すウしや、コハダのすうしイ――』とふれて行きましたが、それがまた、しんととろりとするようないい声でござンしたが、気のせいかそれが気にかかって。……ああ、そう言えば、家のお嬢さんが見えなくなる前に、やはり鮨売が来たようでございました。……なるほど、そう言われてみると、家のお嬢さまのほうも。……ということになった。
 アコ長の顎十郎は、見ぬいたようにニヤリと笑って、
「それで、小鰭の鮨売をしょっ引いたか」
 ひょろ松は、髷節へ手をやって、
「へへへ、……じつは、その通りなんで。数にして四十人ばかり。これで、江戸の小鰭の鮨売はひとり残らずなんで」
 顎十郎は、ひっくり返って笑い出し、
「なるほど、こいつアいいや。ひょろ松、それは大出来だった。さすがは、おれの弟子だけのことはある。師匠は鼻が高い。ねえ、とど助さん、じっさい、たいしたもんですな」
「小鰭の鮨売を四十人……伝馬町《てんまちょう》の牢屋敷で鮨屋でもはじめますか」
 ひょろ松は、すっかり照れてしまって、
「とど助さん、あなたまで冷やかしちゃいけません
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