直にぶちまけるが、今のお前さんの話を聴くまでは、鮨売にばかり眼をつけて、ほかのことはかんがえて見るひまがなかった。この件のおさまりがついたら、それはお前さんのお手柄。……ようやくこれでハッキリしたが、すると、こんどの件はこういう筋なのにちがいない。……お前さんによく似たどこかの悪《わる》が、お前さんがこんど小鰭の鮨売の所作を出すということを盗み聞き、三津五郎が鮨売の型をとるために、鮨売になってふれ売りして歩く候《そうろう》の、印物をくれるのと髪床や風呂で評判を立て、本気にして駈けだして来る娘たちをそのまま引っさらって行ったという寸法なのだろう」
 三津五郎は、おとなしくうなずいて、
「差しでがましいと思って、今まで控えておりましたが、大桝屋さんのおはなしがあったとき、たぶんそのへんのところだろうと、わたくしもかんがえておりましたのです」
 顎十郎は、急に改まって、
「話がここまでくりゃア、この事件のヤマが見えたも同然。それについても大和屋、お前さんにひとつ頼みたいことがあるんだが……」
「はい、どんなことですか存じませんが、わたくしの身に叶《かな》うことでしたら」
「頼みというのはほかではない。明日から当分のあいだ、小鰭の鮨売になって市中を呼び売りして歩いてもらいたいんだ」
「それで、どうしようとおっしゃるので」
「こんどの件はそいつが娘をさそいだす現場をおさえるのでもなければ、取っちめることはもちろん、四人の娘を隠してある場所へさぐりよることも出来ない。そのためには、むこうを油断させ、釣りだして桝落《ますおと》しにかけるほかはないんだが、大袈裟に鮨売の総ざらいなどとやったあとだからむこうも用心してちっとやそっとのことでは気をゆるすまい。……大和屋さん。お前さんが明日から当分のあいだ、噂の通りに小鰭の鮨売になり、わざと眼につくように印物でもくばって歩いてくれりゃア市中にパッと評判が立つから、勢いむこうも気をゆるして引っかかってくるにちがいないと思うんだ。……その悪が一日も早くお手当になれば、お前さんの気持もさっぱりするわけなんだから、災難だとあきらめて、ひとつ手を貸してもらいたい。どんなもんだろう、大和屋」
 三津五郎は、一も二もなく、
「貸すも貸さぬもございません。わたくしの手助けでそいつを捕えることが出来るなら、それこそ本望。名を騙《かた》られ、濡衣をきせられて
前へ 次へ
全16ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング