ラッと並べてやるから耳の穴をかっぽじって、よく聞いていねえ。……手めえの叔父というのは、武蔵国新井方村《むさしのくにあらいかたむら》の水呑百姓。それが、近ごろ死《ご》ねまして、ちょっとまとまったものを貰ったから、それを資本《もとで》にここで開店いたしましたこの居酒屋、チチン。……へッ、嘘をつけ、唄の文句ならそれでもいいだろうが、そんなチョロッカなことじゃ世間は誤魔化されねえ。……おい、六平、芳太郎さんの眼は節穴《ふしあな》じゃアねえよ。まかり間違ったらひとさまの生眼も引きぬこうというお兄哥さんなんだ。そんなことで蓮台《れんだい》に引きのせようたって、そうはいかねえや。……つもっても見ねえ、この通り羽目は檜《ひのき》の白磨《しろみが》きにして、天井は鶉目《うずらもく》、小座敷の床柱には如輪木《じょりんもく》をつかい、飯台は節無し無垢《むく》の欅ぞっき、板場はすべて銅葺《あかぶき》にして出てくる徳利が唐津焼《からつやき》。……造作だけを見まわしても、どう安くふんでも三百両。……多寡が上州の水呑百姓。喰うものも喰わずに三代かかって溜めこんでも、これだけのものは残せねえ。……なんだなんだ、今さ
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