ららしくギョッとしたような面をするねえ。……実は、芳太郎、宇津谷峠《うつのやとうげ》の雨やどり、この三百両は按摩《あんま》を殺して奪《と》った金だといやア、おお、そうかと嚥みこんでやる。子供をあやすんじゃあるめえし、上州の叔父が死《ご》ねまして。……ちえッ、笑わせるにもほどがある。手前のような野郎は、嚮後《きょうこう》、友達だなんぞと思わねえから、そう思え」
 六平は、いつの間にか片だすきをはずして双膚《もろはだ》ぬぎ、むかしの地を丸出しにして床几のうえに大あぐらをかき、毛むくじゃらの脛をピシャピシャたたきながら、
「こいつアやられた。そこまでお見とおしたア知らなかった。……やいやい、芳太郎、まア、そうご立腹あそばすな。悪気でしたわけじゃねえ。ちょっと曰くがあって、それで出放題《でほうだい》なことを言ったんだから、まア、勘弁してくんねえ」
「勘弁してくれというなら勘弁しねえこともねえが、じゃアその曰くというのを聞こうじゃねえか。……なア、みんな、こりゃアいちばん聞かねえじゃおさまらねえところだ、そうだろう」
「そうだとも、そうだとも」
「やい、六平、吐《ぬ》かさねえと、この屋台へ火をつ
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