平と申しましてね、ついこのごろまで藤堂《とうどう》さまのお陸尺。つまりあっしらとは部屋仲間なンでございますが、上州の叔父てえのがポックリと死《ご》ねて、大したこともありませんでしょうが、ちっとばかりまとまったものが残ったんで、スッパリと陸尺の足を洗い、ここを居ぬきで買いとって造作を入れ、まア、ごらんの通りの居酒屋をはじめたンで、あっしらは、まアこうして熨斗《のし》のついた暖簾の一枚も奮発《ふんぱつ》して景気をつけに来ているンでございます。……ねえ、お仲間さん、実はこの店を、きょう一日あっしら五人で買い切ったんでござんす。大名であろうと国持《くにもち》であろうと坊主、御高家、浪人者。……ここへ土下座をしてお飲ませくださいと頼んだって、まっぴらごめんと突っぱねやす。恩にきせるわけじゃねえが、お見受けするところお仲間さんだから、それで、祝儀をつけてもらっているンです。同業|相憫《あいあわれ》む、てえ諺もありますからねえ。なんと、そんなもんでしょう。……ねえ、お仲間さん、そういう訳なんだからそんなところに引っこんでいねえで、どうかこっちへやって来ておくんなせえ」
「兄貴のいう通りだ、さあさあ、
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