ど堂に入っているとは思わなかった。……それほどまでのお覚悟でしたら、このうえお願いもうしても無駄。あきらめて引きとりますが、最後に、ひとこと申しあげたいことがあります」
「…………」
「あなたには意外なことかも知れませんが、六平が死んだというのは嘘で、虫の息ながら、まだ息が通っているんです。舌が爛《ただ》れてものを言うことも出来ませんし、無筆だから字で書くことも出来ないから、ほかの人間では手におえないが、手前だけはそいつにものを言わせる方法を知っている。どういうことをするかと申しますと、こちらで、いろは四十八音をのべつ幕なしに唱えかえして、これと思う音のところでうなずかせる。……あなたと六平のあいだにどういう経緯があったか、訊き出すことはわけも造作もないんです。……ところで、こいつをやるとあなたが隠しておきたいことが、いあわす役人や小者どもに明白に知れてしまう。あなたがおっしゃってさえくださるなら、これは手前とあなたのあいだだけのこと、どのようなことであろうと断じて手前はもらしません。……いかがです、加代姫さま」
 加代姫は、誦経《ずきょう》でもするように眼をとじて、顎十郎の言うことを
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