なんて言うと恩におきせするようだが、決してそんなんじゃない。いわばこれが手前の道楽。……手前の身状《みじょう》については、叔父の庄兵衛から申しあげたはずですが、なんと言いますか、ちょっと文殊菩薩《もんじゅぼさつ》の生れかわりとでもいったぐあいで、手前がひと睨みくれますと、どういう入りんだ事がらでも即座に洞察《みぬ》いてしまう。実にどうも大したものなんです。ひとつ手前の腕を信用してありようを、ざっくばらんに話していただきたいもんですが」
 加代姫は、瞬《またた》かない凄いような美しい眼で顎十郎の顔を見かえしながら、
「それで、わたしに、なにを言えというの」
 顎十郎は、閉口《へこ》たれて、
「やア、どうも弱った。さっきからおなじような押し問答。……金をやるのはいいとして、来いといえばあんな下司ばったところへ出かけて行かれたのは、どういう因縁によることなのか、それをお話くださいと申しているのです」
「それは、言われませぬ」
「あなたが、ひと殺しの汚名をきても」
「それは、もう覚悟しております」
「加代姫さま、あなたもずいぶん強情だ。権式高いということは、かねて噂にきいておりましたが、これほ
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