でそんなにあわてくさっているんだ」
 ひょろ松は、顎十郎とむかいあって中腰になり、
「いや、どうも、近来にない大事《おおごと》がおっぱじまってしまって……。実は、藤堂和泉守さまの御息女の加代姫さまというのが、駕籠舁、中間こきまぜて束にして六人。まるで川へ毒流しでもするように、しごくあっさりと殺《や》ってしまったんです。……大名のお姫さまだけあってひどく思い切ったことをする。今朝からこれでえらい騒ぎになっているんです」
「なんで殺した」
「酒に番木鼈《マチン》という毒を入れて飲ませたんです」
「こりゃア、おどろいた」
 顎十郎は、とど助と眼を見あわせ、
「とど助さん、世の中にはいろいろなことがありますな。それが事実としたら、実にどうも、際どいことでした」
 さすがの、とど助も、息をついで、
「いや、まったく。あのまま意地きたなくいすわっていたら、鯰なみにポックリ浮きあがってしまうところでした。それも、あなたのお蔭」
「お蔭なんていうことはありません。あの姫さまが毒を盛るだろうなどと、いくらあたしでもそこまでは察しない。あたしは、元来、ああいうお姫さま面が嫌いでね、それで、まア、恐れて逃げ
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