行って、これでこの日の商売はおしまい。どっちももう働かないつもり。通りがかった枇杷葉湯《びわよとう》を呼びとめて、しごくのんびりした顔で湯気を吹いてるところへ、息せき切って駈けて来たのが、北町奉行所支配のお手先、神田屋の松五郎。
鷲づかみにした芥子玉《けしだま》の手拭いでグイグイと頸すじの汗を拭いながら、
「ここへさえ来りゃ、かならずひっ捕まえることが出来ると見こんですっ飛んで来たんですが、それにしても、まア、うまく捕まえた」
「おい、おい、ひと聞きの悪いことを言うな。黒のパッチに目明し草履、だれが見たって御用聞と知れるのに、捕まえたの追いこんだの、枇杷葉湯《びわよとう》がびっくりして逃げ腰になってるじゃねえか。おりゃア、お前にひっ捕まえられるような悪いことをした覚えはねえぜ、いい加減にしておけ」
ひょろ松は、うへえ、と頭へ手をやって、
「こりゃ、どうも失礼。口癖になってるもんだから、つい……これはとど助さん、今日は」
「あんたはいつも裾から火がついたように駈けずりまわっているが、よくすり切れんことですのう」
「こりゃアどうも、さんざんだ」
「それはそうと、ひょろ松。いったい、なん
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