にとぞ嚮後《きょうこう》ごひいきに、へい」
経文読みの尻あがり。
結髪《かみ》は町家だが、どうしたって居酒屋の亭主には見えない。陽やけがして嫌味にテカリ、砂っぽこりで磨きあげた陸尺面《ろくしゃくづら》。店の名も『かごや』というのでも素性が知れる。
神田柳原、和泉橋《いずみばし》たもと、柳森稲荷に新店が出来たから、ひとつ景気をつけに行こうではごわせんか。祝儀だけよぶんに飲めましょう。拙《まず》くいっても手拭いぐらいはくれます。ちょうど、手拭いを切らして弱っていたところで。……それにしても、きのうの『多賀羅《たから》』という新店は豪勢でござったのう。祝儀は黙って五合ずつ。お手もとお邪魔さまと言って差しだしたのが、大黒さまのついた黄木綿の財布。飲むなら新店にかぎりやす。……で、捜しあてて来たやつ。
もとは江戸一の捕物の名人、仙波阿古十郎、駕籠屋と変じてアコ長となる。
相棒は九州の浪人|雷土々呂進《いかずちとどろしん》。まるで日下開山の横綱のような名だが、いずれ、世を忍ぶ仮の名。これもあっさり端折って、とど助。
居酒屋の新店をさがして歩くようでは、どのみちあまりぱっとしない証拠。
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