て、今まで強請《ゆす》られるたびに金を出していた。そのへんまでは我慢が出来たが、酌をしに来いとまでつけあがるんじゃ、この先のことを思いやられる。下郎は口の悪《さが》なきもの。放っておくと、ひとに知られたくないじぶんの密事《みそかごと》まで喋るようなことになろうとかんがえ、それで、思い切ってこんなことをやらかしたんだろうと……」
顎十郎は、へへら笑って、
「なにをくだらない。子供が絵解きをしやしまいし、そんなことぐらいは改まって言うがものはねえ、わかり切った話だ」
ひょろ松は、頸へ手をやって、
「あまり常式でお恥ずかしいんですが、それというのは、あなた方おふたりが、加代姫が入って来たところを見たなんてえことを知らなかったから。……加代姫は、うまうま六人を盛り殺し、じぶんが『かごや』へ出かけて行ったことなぞ、ひとにわかるはずはないと多寡をくくっているんだと思いました。……芳太郎も死ぬ前にそんなことを申しました。あっしがみなと一緒に死んでしまうと、加代姫がここへ来たことを知らせる奴がいなくなる。それがいかにも残念。字が書けりゃア壁の端へでも『加代姫』と書きつけておくところなンですが、悲しいことには無筆。旦那方がおいでになるまでは地面にくらいついても虫の息をつなごうと、それこそ死んだ気になって頑張っていたンだと……」
「なるほど」
「しかし、お話を聞けば、じぶんが『かごや』へ出むいて行ったことを、一人ならず二人までに見られているンだから、そうあるところへいくら加代姫だってそんな馬鹿なことはしなかろう。これは、理屈です」
と言って、不審らしく首をかしげ、
「そのほうは納得がいきましたが、ここに不思議なのは加代姫を誘いだした手紙。これが大師流のいい手跡《て》でとても中間陸尺に書ける字じゃない。この手紙のぬしは誰だろうというんで、藤波は躍気《やっき》になってそいつを捜してる模様です」
とど助は、てれ臭そうな顔をして、
「……どうも言いにくいことだが、ひょろ松|氏《うじ》、それは、わしが書いた」
ひょろ松は、げッと驚いて、
「とど助さん、そ、そりゃほんとうですか。なんでまた、そんなつまらねえことを……」
「いや、面目しだいもない」
「面目どころの騒ぎじゃない。そういうことならあなたも関りあい。これは一応しょっぴかれます」
とど助は、しょげて、
「どうも、これは困った。な
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