、ととぎれとぎれにいう。金三郎はおどろいて、お志は忝ないがそれはいけません。男ひとりいるところへおあげしたことさえ心苦しく思っているのに、恩も義理もあるそのひとの眼をかすめて、どうしてそのようなことが出来ましょうかと言うと、お米は、女の身としてこんな夜更にあなたおひとりいるところへ忍んで来たうえは、たとえなんのことはなくとももうもとの身体ではありません。どうぞ哀れと思って、と畳に喰いついてどうしても帰ると言わない。金三郎も、はじめはきついことを言っていましたが、とうとうお米の情にほだされて割《わり》ない仲になった。……お米はそれから夜の六ツごろになると忍んで来て夜があけるとそっと母家《おもや》へ帰って行く。……そんなことがひと月もつづきましたが、金三郎はいかにも心苦しい、ある朝、といっても一週ほど前の話ですが、いつまでこんなことをしているのは相すまぬわけだから、いっそ和助どのに打ちあけてお詫びをし、晴れてゆるしを得たいものだというと、お米もどうぞそうしてくれという。父がもし立腹するようなことがあったら、いつぞや門でおひろいになった簪をお見せになると、きっと怒りがとけるわけがあるのですか
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