ていたたまらない。そっと寺から抜け出してじぶん一人で墓まいりをし、家へもどって夕闇の門口でしょんぼりと苧殻《おがら》を焚いていると、ついその前を町駕籠がとおったが通りすがりになにかチリンと落して行ったような音がした。なんだろうと思って拾いあげて見ると、鳳凰を彫った金無垢の簪なンです」
「ほほう、いよいよ本筋になってきたな」
「……追いかけてみたが、駕籠は夕闇にまぎれてどちらへ行ったかわからない。しょうがないから簪を袂に入れて、じぶんのいる離家へもどって早々に寝床へ入った。……すると、だいぶ夜も更けてからホトホトと雨戸を叩くものがあるので起き出して雨戸をあけて見ると、袖垣《そでがき》の萩の中に死んだお梅のすぐの妹のお米が袖を引きあわしてしょんぼり立っている。どうしてこんな夜更《よふけ》にとたずねると、ぜひお話したいことがあって来たという。離家へあげると、お米は壁の紙張へ身をすりつけるようにしながら、あなたが死んだ姉をお愛《いと》しがられるごようすはあまり哀れでございます。あたくしは姉とおなじ腹から生れたのではございませんけど、やはり父の統《すじ》。せめて死んだ姉の身代りと思ってあたくしを
前へ
次へ
全30ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング