体を撫で、これはお前の聟の家のものだから、せめてこれだけでも持ってゆけといってその金簪を棺の中に入れ、浄心寺《じょうしんじ》の墓地へ葬りました」
アコ長は、柄になく悄《しお》っとして、
「あの娘が死んでしまったのか。優しそうないい娘だったが」
「……ところが、お梅が死んだ二タ月目、思いがけなく前触れもなしに金三郎が帰ってきた。……父が唐で長々の患い。それやこれやでお便りすることもかなわず申訳なかったという挨拶。せめてもう二タ月早かったらと言ってもそれは愚痴。万和が涙片手にありようを話すと金三郎は位牌を手のなかに抱き、この長い歳月、日本へ帰ってあなたと夫婦になるのを楽しみに唐三界《からさんがい》で骨身を砕いていたものを、なぜもうすこし生きていてはくださらなかった、と男泣きに泣いたというンです。……万和は、たとえ娘が死んでも、いちど約束したのだから婿も同然と母家から離れた数寄屋のひと構えに金三郎を住わせ、じぶんの息子のようにもてなしていた。……そうするうち、お梅の新盆《にいぼん》。……浄心寺で一周忌の法事をして、それから墓まいり。金三郎も万和の家内と一緒に寺へ行きましたが、どうにも涙が出ていたたまらない。そっと寺から抜け出してじぶん一人で墓まいりをし、家へもどって夕闇の門口でしょんぼりと苧殻《おがら》を焚いていると、ついその前を町駕籠がとおったが通りすがりになにかチリンと落して行ったような音がした。なんだろうと思って拾いあげて見ると、鳳凰を彫った金無垢の簪なンです」
「ほほう、いよいよ本筋になってきたな」
「……追いかけてみたが、駕籠は夕闇にまぎれてどちらへ行ったかわからない。しょうがないから簪を袂に入れて、じぶんのいる離家へもどって早々に寝床へ入った。……すると、だいぶ夜も更けてからホトホトと雨戸を叩くものがあるので起き出して雨戸をあけて見ると、袖垣《そでがき》の萩の中に死んだお梅のすぐの妹のお米が袖を引きあわしてしょんぼり立っている。どうしてこんな夜更《よふけ》にとたずねると、ぜひお話したいことがあって来たという。離家へあげると、お米は壁の紙張へ身をすりつけるようにしながら、あなたが死んだ姉をお愛《いと》しがられるごようすはあまり哀れでございます。あたくしは姉とおなじ腹から生れたのではございませんけど、やはり父の統《すじ》。せめて死んだ姉の身代りと思ってあたくしを
前へ
次へ
全15ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング