おこして見ると、これがひょろ松。口をアアンとあいて、つまらない顔をして気絶している。とど助は頸へ手をやって、
「これはどうもいかんことになった。阿古長さん、これはひょろ松どんでごわす」
江戸一の捕物の名人、仙波阿古十郎が北番所で帳面繰りをしているとき、阿古十郎が追いまわしていた神田の御用聞[#「御用聞」は底本では「後用聞」]、ひょろりの松五郎。阿古十郎のおしこみでメキメキと腕をあげ、神田のひょろ松といえば、今では押しも押されもしないいい顔なんだが、こうなってはまるで形なし。
阿古長も、おどろいて寄って来て、
「なるほど、これはひょろ松。妙な面をして寝ていますね。しかし、こうしてもおけませんから、生きかえらしてやりましょう」
馴れたもので、引きおこしておいて背骨の中ほどのところをヒョイと拳でおすと、そのとたん、ひょろ松は、ふッと息を吹きかえして、
「おい、どこへ行く」
「なにを言ってるんだ、寝ぼけちゃいけねえ。ひょろ松、おれだ」
ひょろ松は、キョロリと見あげて、
「おッ、これは、阿古十郎さん、ちょうどいいところで。……お話はゆっくりいたしますが、今あっしに当身を喰わした奴がおりま
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