られたら突きとばして逃げましょう。なんと言ったってこっちは駕籠屋の脚。目明しなんぞに負けるもンじゃない」
「ようごわす、やっつけましょう。おいどんもちっと胸糞が悪るうになって来ましたけん」
馬場先門をさけて日比谷から数寄屋橋。鍛冶橋の袂まで来ると、川に照りかえす月あかりで闇の中にギラリと光った磨十手。
「阿古長さん、おりますよ」
「ええ、知っています。では、やりますよ。ジタバタ暴れたら、当身でも喰わせてください。駕籠に乗せて持って行って護持院ガ原へでも捨ててしまいますから」
「心得申した」
先棒の土々呂進、拳骨に湿りをくれてノソノソと近づいて行く。
むこうはこんなことになっているとは知らない。顎をひいて片身寄りになってツイと出て来て、駕籠の棒鼻を押す。
「待て、どこへ行く」
「それはこっちの訊くことだ」
えッ、と突きだした当身の拳。まっこうに鳩尾《みぞおち》のあたりをやられて、
「うむッ」
と、のけぞる。
とど助は、妙な顔をして阿古長のほうへ振りかえって、
「ねえ、阿古長さん、どこかで聞いたような声でごわすな」
「ええ、わたしも今そう思っていたんで」
とど助はあわてて引き
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