」
「駕籠宿か」
「いいえ、そうじゃございません、自前《じまえ》でございます」
「なにを言いやがる、自前という面じゃねえ。家主の名はなんという」
「気障野目明《きざのめあか》しと申します」
「あてつけか、勝手にしやがれ。肩を見せろ」
「どうぞ、ご存分に」
「やかましい、黙っていろと言うに」
いきなり絆纒の肩を引きぬがせて、ちょいと指でさわり、
「新米だな」
「申訳けありません」
「うるせえ。……よし、もう行け」
四国町《しこくまち》まで来ると、二丁目の角で、ちょいと待ちな、どこへ行く。
芝園橋《しばぞのばし》で一度、御成門《おなりもん》で一度、田村町《たむらちょう》で一度、日比谷の角で一度。ちょいと待ちな、どこへ行く。
さすがの阿古長とど助、クタクタになって、
「もういけません。この調子では佐久間町まで行くうちに夜が明けてしまう。いい後は悪いというのは本当ですね、阿古長さん。この様子で見ると、江戸一円になにか大捕物があるのだと思われますが、こうと知ったら、もう少し早く切りあげるンでした」
「捕物だかなんだか知りませんが、いちいち関《かま》いきっているわけには行かない。こんど止め
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