。くだらねえ人騒がせをするときかねえぞ」
 若太夫はおびえた声で、
「どうして、まあ、そんなことが。現在こうして今日までに何千という人に……」
 ひょろ松は、ジロリとその顔を見あげて、
「さもなけりゃ同腹《どうふく》だろう。手前らが櫓裏の二階にいて、これだけの物が運び出されるのに気がつかねえはずはなかろう。死んでいたのか眠っていたのか、それとも霍乱《かくらん》でも起してひっくりかえってたのか。生きて眼をさましていたとあれば、それは理屈にあわなかろう、どうだ」
 後から六兵衛が、ささり出て来て、
「そうおっしゃるのは、いかにもごもっとも。あっしらのおりましたところは飾場のちょうど真上。あれだけの物が運び出されるのがどうして気がつかなかったか、それが不思議でならねえンで。……よだ六というのが飛んで来てそう言いましたときも、誰ひとり本当にする者アない。馬鹿にしやがると思いながらおりて来て見て、真実、狐に化かされたような気がしました」

   落着《らくちゃく》

 顎十郎は、ふンと鼻を鳴らして、
「凧にのって金の鯱《しゃち》をはがす頓狂なやつだっている。要用《いりよう》だったら、鯨だってなん
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