だって持って行くだろうさ。別に不思議はありゃアしない」
ひょろ松は、あっけに取られたような顔で、
「要用って、あんな物を、……あんな馬鹿べらぼうなどえらい物を持って行って、いったい、どうする気なンでしょう」
「おれならば鯨鍋にする」
「からかっちゃいけません。正《しょう》の話、あっしには、それが不思議でならねえンです」
「それは不思議でもあろうさ。ひとの都合なんてえものは他人にゃわからねえ。なにか思いこんだことがあって、どうでも要用だったんだと思うよりほかはない。鯨鍋は冗談だが、誰にしたって始末に困る。そうあるべきはずのところを、なにか知ら、たいへんな手間をかけて持って行ったというからには、われわれの知らねえような退っ引きならねえ理由があったのにちがいない。そのへんのところをトックリと考えて見ると、なんのためにこんなことをしたかすぐわかるはずだ」
「阿古十郎さん、じゃアあなたにはなにか、もうお推察《みこみ》が……」
顎十郎は、首を振って、
「そこまではまだおれにもわからない。しかし、鯨をどうして持って行ったか、そのほうだけははっきりとわかっている」
ひょろ松は、おどろいて、
「え
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