けの初日は、それでも、どうにか納まりをつけたが、二日目は小屋のある垢離場から両国の広場にかけて身動きも出来ぬような混雑。
小屋では鼠木戸の前に竹矢来をゆいまわし、鼠木戸の上の櫓《やぐら》には鳶の者と医者が詰めきっていて怪我人が出来ると、鳶口《とびぐち》で櫓へつるしあげて応急の手当をするという騒ぎ。
小屋の中は外とおとらぬ混雑、三方の桟敷に爪を立たぬほどに鮨押しになった見物が汗を流して幕のとれるのを待っている。四方八方から押されるので汗を拭くことも頸をまわすことも出来ない。顔のむいたほうへ眼玉をすえ、平ったくなって立っている。眼玉も動かせぬというはこのへんの混雑をいうのであるべし。
気が遠くなるような思いで待っているうちに楽屋のほうで波音を聞かせる。大波小波、狂瀾怒濤。小豆をつかって無闇に波の音を立てるもんだから、見物の一同は船酔いするような妙な気持になる。
しょうしょう吐気《はきけ》が来かかったころに、ボーボーと鯨船で吹く竹法螺の音が聞え、それがきっかけで、白黒だんだらの鯨幕がさッと取りはらわれる。
鯨には嘘はない。
まるで五百石船ほどもあろうと思われる黒いのっぺらぼうなや
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