幕で四方からかこい、いよいよ客がつまると一挙にぱッと幕を取りのけ、黒天鵞絨《くろびろうど》に金糸《きんし》銀糸《ぎんし》で鯨波《げいは》を刺繍した裃《かみしも》を着た美しい女の口上つかいが鯨の背に乗って口上をのべる。それがおわると、鳴海絞《なるみしぼ》りの着物に、表黒白裏の鯨帯をしめた女の踊子が十人ばかり出て来て、
※[#歌記号、1−3−28]白いと黒と巻きついたら、鯨帯みるようでしまりがよかろ、セッセセッセ。
 と、鯨節にあわせて踊る。これでおしまい。
 なにもかも鯨づくめのところがご愛嬌。
 鯨はただ白い砂の上にごろんとねっころがっているばかり。潮を噴くわけでもなければ、尾鰭を動かすわけでもない。強いて申そうなら、ちと生臭い。これが張子細工でない証拠。客は百文はらって満足して帰る。
「あなた、両国の黒鯨をごらんになりましたか」
「いいえ、まだでございます。行こう行こうと思っていながら、つい……」
「まア、ぜひ行ってごらんなさい。大したもンですぜ。あなた、鯨が潮を噴きます。あれを見ないじゃ、江戸っ子の名折れになる」
 鯨ではないが、尾に鰭がついて、いよいよ以てたいへんな評判。
 口あ
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