れて寝てしまうのもある。
 顎十郎のアコ長と土々呂進のとど助。この日は日ぐれがたから商売繁昌。赤羽橋の橋づめに網を張ったのが図にあたって駕籠をすえると間もなく大店《おおどこ》のご隠居のようなのが、大急ぎで品川の『観海楼《かんかいろう》』まで。観海楼へ送りこむと、また赤羽橋まで取って返す。駕籠をおろすと間もなく、また客。こんどは御家人で八ツ山の『大勢』まで、金づかいの荒いやつだと見えて呉れた祝儀が銀一分。すぐまた赤羽橋へ取って返す。駕籠をおろすと、また客。
 五ツごろから、こんどは品川宿の入り口に網を張ってもどりの客の総浚《そうざら》い。麻布へひとり、すぐ取って返して芝口へひとり、鉄炮洲へひとり。夕方のぶんからあわせて往きと帰りで十一人。さすがのアコ長、とど助もフラフラになって、
「……いや驚きました。調子に乗って無我夢中でやっていましたが、今日はそもそも何十里ばかり駈けましたろう。まっすぐにのばすと岩国《いわくに》の錦帯橋《きんたいばし》まで行っているかも知れん」
 阿古長は、棒鼻にもたれて肩をたたきながら、
「……いや、まったく。頭はチンチン眼はモウモウ。こうして立っているのがやっと
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