せえ。言うことがあったら番屋で聴こう。まだ続きがあるんだから邪魔をしちゃいけない。……最後に、京屋へ火をつけたのはお前さんだというのは、どういうすじかと言うと、これには二つの証拠がある。だいいちは、この印籠の下げ緒についている藍。これはお前さんが染場の藍甕のそばでしゃがんでいたという証拠なンだ。訊けば、お前さンが京屋へ出かけて行ったのは昨夜が始めてだそうだが、吉兵衛と話をするのに、なにをそんなところまで這いこむことはいらなかろう。湿ってこそいないが、この藍の色はつい昨日きょう染まったもの。お前さんも知っていなさろうが、藍甕は地面から五寸出るぐらいにして深くいけてあるもんだが、印籠の下げ緒が小半分染まっているところを見ただけでお前さんが藍甕のそばでどんなようすをしていたか、はっきりとわかるんだ。落したもんなら下げ緒ぜんたいがスッポリと染まる。しゃがんだはずみに腰に下げた印籠が半分ばかり藍甕の藍に浸《つ》かったのをお前さんは気がつかなかった。もうひとつの証拠というのは火繩と火口。……お前さんの網道具の小函の抽斗《ひきだし》に火繩の屑と火口が入っていた。これなんざア、まず、のっぴきならねえ証
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