籠をおしつけておいて、暖簾をわけて入って行くと、やっと松がとれたばかりの正月の十日。どいつもこいつも大景気。人数にして三十人ばかり、丸煮やら柳川鍋《やながわなべ》やら大湯呑に鬼菱《おにびし》というのを注がせて、さかんに煽《あお》りつけている。
すいた床几へようやく割りこんだアコ長ととど助。けさっからの大旱魃《おおひでり》なもんだから、たちまち咽喉を鳴らし、
「いやどうも、たまらん匂いがする」
「匂いはいいが、とど助さん、後のところは大丈夫でしょうね」
「くどく念をおす必要はない。たしかに、わしが引きうけた。……おい、姐や、丸煮を二人前に、鬼菱を一升持って来まっせ、急ぎだ急ぎだ、焦がれ死にをしそうなのが、ここに二人いる。迅速《じんそく》に持って来酒《きさけ》まッせ」
酒はいい加減に切りあげて、柳川鍋でめしを五六杯。このお代が、五百五十文。
もとより、こちらは一文なし。どうするのかと見ていると、とど助が大束《おおたば》なことを言い出した。
「これこれ、姐や、主人《あるじ》はおるか。おるならちょと会いたいが……」
妙な顔をして小婢が板場へ駈けこむと、間もなくやって来たのは、ひどく兄哥
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