。どうせ世をしのぶ仮りの名だろうが、このご仁も喰いつめてテッパライ。盃をやりとりしているうちにひどく気があって、
「どうでしょう、ふたりで辻駕籠でもやってみたら、なんとか喰いつなげるかもわかりません」
「面白い、やりましょう」
で、始めたやつ。
空ッ脛だけが元手《もとで》の朦朧《もうろう》駕籠屋。
親方もなし、駕籠宿もなし、したがって、繩張りなんてえものもない。
縁日、縁日をたよりに、きょうは白金の辻、明日は柳原堤《やなぎわらどて》と、風にまかせて流して歩き、このへんと思う辻々で客待ちをする。気楽は気楽だが、やっぱり法にかなってないとみえて、あまりパッとしない。
辻のせいばかりじゃない、月ぎめ銀二朱で借りた見るかげもない古四ツ手。
垂れはちぎれ、凭竹《もたれ》は乾破《ひわ》れ、底が抜けかかって、敷蒲団から古綿がはみだしている。とんと、闇討にあった吉原駕籠の体《てい》たらく。
おまけに、駕籠舁がいけない。
アコ長のほうは、ごぞんじの通り、大一番《おおいちばん》、長面《ながづら》の馬が長成《ながなり》の冬瓜《とうがん》をくわえたような、眼の下一尺二寸もあろうという不思議な面
前へ
次へ
全29ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング