から空ッ風に吹きさらされ、おまけに形のあるものはなにひとつ咽喉を通していないんだから、くたくたのひょろひょろ、棒鼻にもたれてようやく立っているというばかり、ひでえ悪日《あくび》もあるもンだ」
「その点は、わしも同様。けさからなにも食《しょく》しておらんので、空腹でやりきれん。なんとかならんものであろうかの」
「わたしに相談しかけたってしょうがない」
「しからば、だれに相談するとか」
「なにをゆっくりしたことを言ってるんです。ひょっとすると、こりゃ、晩まであぶれですぜ」
「どうも、弱った、弱った」
 仙波阿古十郎、一世一代の大しくじり。喰い意地を張ったばかりに、女賊の小波にうまくしてやられ、金蔵破りの張り番をしたという眼もあてられぬ経緯《いきさつ》。
 ……性来下司にして、口腹の欲に迷い、ウマウマ嵌められました段、まことに面目次第もこれなく、……というお役御免の願書をたたきつけて、とめる袂をふりきって北町奉行所をおンでたまでは威勢がよかったが、そういつまでも部屋にばかりころがっているわけにもゆかない。
 なんとか食の途《みち》をあけようと思っている矢さき、ふと居酒屋で知りあった雷土々呂進
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