ださいまし」
「早速の承知でかたじけない。すると、なんだな、毎夜、今ごろ、このへんへ駕籠を持って来て待っておればいいのだな」
「はい、さようでございます。……たぬき[#「たぬき」に傍点]か? と念をおして、そうだと答えましたら前金で二両お取りになってから乗せてやっていただきます」
 アコ長は、へらへらと笑いだし、
「こいつアいいや。とど助さん、どうやら有卦《うけ》に入りましたね。これも、ひとえに金比羅さまのご利益」
「いや、まったく。これで楽が出来る」
「……それで乗せましたら、外から見えませんようにシッカリと垂れをおろしていただきます」
「いかにも、承知した」
「それから、犬が寄って来ましたら追ってくださいまし」
「仮りにも、片道二両の客だ。決して粗略にはせんから安心しろ」
「有難うございます」
 アコ長は、息杖を取りあげて、
「では、とど助さん、そろそろお伴するとしようか」
「ああ、まいるとしよう。さア、お狸さま、どうぞ、お乗りなさいまし」
 雲が切れて、月が出る。
 狸を乗せて、六本木から溜池へおりる。お濠の水に、十日月の影。
 狸は、いい気持そうに揺られながら、
「駕籠屋さん、
前へ 次へ
全29ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング