うか」
「へッへ、お召しくださるのはかたじけないのですが、どうも、行きつけないところなもンですから。……ねえ、とど助さん、どうしよう、このお客さんは、豊島ガ岡までいらっしゃりたいとおっしゃるんだが……」
とど助は、仏頂面《ぶっちょうづら》で、
「わしは満腹で気が重い。あんなところまで行ったら、もどりは夜明けになってしまう。商売|冥利《みょうり》につきるようだが、きょうはひとつ、お断りすることにしようじゃないか」
「わたしもそのほうが賛成だ。……お客さん、只今、お聞きのようなわけですから、どうか、べつな駕籠へ乗っておくんなさい」
「そう言わないで、行ってください。一両あげますから」
「えッ、豊島ガ岡まで行くと、一両くださるっていうンですか」
「はい、前払いで差しあげます」
「おい、とど助さん、どうしよう」
「そういうことなら、話がちょっと違って来た。一両とは聞きずてならん。ものははずみだ、乗せてつかわッせ」
「じゃ、お客さんまいりましょう」
「たしかに連れて行ってくれますか」
「そんな念を押さないだって、行くといった以上たしかにお供します」
眼のキョロリとした小柄な男は、なにか言い憎
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