ように白いので、実にどうも見とれるような美人。
 アコ長は、いやアと馬鹿な声をあげ、
「これは艶《あでや》か、あでやか。……大したもんですねえ、とど助さん」
 とど助は、うむと唸って、
「実に、感服した。こうまでとは思わなんだ。これが狸とはもったいない話」
「でも、早まっちゃいけません。ひょっとして人間だったらえらい恥をかく。ちょっと念を押して見ましょう。……もしもし、そこのご婦人、つかぬことを伺うようですが、あなたもやっぱり、その……」
 終りまで言わせずに、狸は婀娜に笑って、
「ええ、あたしは雌狸よ」
「こりゃアどうも、お見それ申しまして申しわけありません」
 雌狸は、ぷッと噴きだして、
「お見それしましたは、ないでしょう、ご挨拶ね」
 アコ長は、うへえと恐れて、
「これはどうも失礼。さア、どうかお乗りください」
 と、まるでカタなしのてい。
 雌狸は、いいようすでスラリと駕籠の中へ身体を入れ、
「どうぞ、やってくださいまし」
 とど助、息杖を取りなおして、
「お伴いたすでござる」
 二人ながら、たいへんな弾みよう。
 さて、その翌朝、神田|佐久間町《さくまちょう》の裏長屋、どんづまりの二間きりのボロ長屋でとど助がまだ高鼾で寝くたばっているのを、アコ長が、ひどく勢いこんでゆり起す。
「とど助さん、とど助さん」
 とど助が寝ぼけ眼をこすりながら起きあがって、
「消魂《けたたま》しい、なにごとです」
「落ちついてちゃいけない。うまうまシテやられました」
「なにをどうやられたのですか」
 アコ長は、いまいましそうに畳の上に小判を二枚投げ出し、
「ごらんなさい、ゆうべの二両は贋金《にせがね》です」
「なるほど、こいつアひどい鉛被《なまりき》せ。狸でも、やはり女は細かいな」
「それにしても、贋金というのはわからない。どうせつかませるなら木の葉だっていいわけなんだが、……いったい、こんな贋金をどっから持って来やがったもんでしょう。ごらんなさい、鋳座《いざ》も本物だし被せてあるのはヒルモ金。こりゃア素人になんぞ出来ない芸、よっぽどみっちりと鋳たものです」
「なるほど、そういうものか。……いつか禿狸をつかまえたらかならず埋めあわせをさせてやる」
 ふたりで、ブツブツ言いながら朝飯をすませ、このごろはもう気ままな道楽商売。空駕籠をかついで護持院原《ごじいんがわら》までやってくると、たいへんな人だかり。
 ふたりとも物見高いほうだから、人垣を押しわけて覗きこんで見ると、霜どけの濡れた草の上に、腰、肩、背中と、さんざんに斬られて死んでいるのが、ゆうべの雌狸。
 アコ長は眉をひそめ、
「おお、こりゃ可哀そうなことになった。なんのつもりでこんなところへノソノソ出て来やがったんだろう」
 とど助も溜息をついて、
「ああ、いかにも美しい狸だったが惜しいことをした。こんなところへ無闇に出て来るからこんな眼にあうのだ。南無頓生菩提《なむとんしょうぼだい》、南無頓生菩提」
 殊勝らしく念仏なんか唱えているところへやって来たのが、もとは顎十郎の配下、神田のひょろ松。アコ長の顔を見るより懐しそうに走りよって来て、
「おお、これは阿古十郎さん、お久しぶりで。……それはそうと、ごらんの通りのわけあいでね、実ア、ここに斬られている女は、どうやら贋金つくりの一味らしいのです。こいつの背中の下に配布触れの一両小判が一枚おちていたんです。……この秋ごろから京大坂にしきりに鉛被せがつかわれるんですが、そりゃア、どうやらみんな江戸から流れ出して行くのらしいんです」
 アコ長は、ふうんと言ってなにか考えこんでいたが、唐突に、
「おい、ひょろ松、お前そこにその贋金を持っているか」
「へい、持っております」
「ちょっと見せてくれ」
 受けとってつくづくと眺めていたが、
「なア、ひょろ松、お前、上方で贋金のことをたぬき[#「たぬき」に傍点]と呼ぶことを知っていたか」
 といった。

 翌日から豊島ガ岡の原っぱで奇妙なことが始まった。
 どう渡って来たのか、蝦夷から来た『えぞたぬき』という変った狸がこの原へ住みつき、毎夜奇妙な狸囃子をするというのでたいへんな評判。
 山の手はもちろん、はるばる日本橋、浅草のへんからも弁当持ちで老若男女がつめかけ、この広い原っぱは身動きも出来ないような大混雑。物売り、露店なども出るという繁昌ぶり。
 なるほど、そろそろと陽が暮れかかると、草のあいだでテコメン舞か正殿鎌倉《しょうでんかまくら》によく似たなんともおもしろい狸囃子がテンテテンテケレツとはじまる。
 ところで、裏へまわって見ると、叢の中で、ステテンテンと、夢中になってやっているのは、実はアコ長ととど助、それに神田のひょろ松の三人。
 このへんで贋金を作っているのだろうがその場所がどこにあるのかわか
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