そうにもじもじしていたが、やがて思い切ったように、
「お連れくださるというんでしたら、打ちあけたところをお話しますが、……実は、わたしは、狸なんです」
 アコ長も、とど助も驚いて、
「えッ、狸!」
「これは珍だ。かつぐのではなかろうな」
「なんの、本当の話です」
 アコ長は、小男を見あげ見おろしながら、
「なるほど、うまく化けるもンだ。ざっと見ても、素ッ堅気の若旦那。どうしたって、狸になんぞ見えやしない」
「お褒めくださらなくてもようございます、このくらいのことなら雑作ないんです」
「器用なものだの。……それで、どんな用件があって、豊島ガ岡へなぞ行くのだ。狸の寄りあいでもあるというわけなのか」
 狸は首をふって、
「いいえ、寄りあいというわけじゃありません。実は、所変えをしようと思いまして……」
「なるほど、宿変《やどが》えをするというのだな」
「さようでございます。……それで、ご親切ついでに、もうひとつ、お願いがあるのでございますが……」
 アコ長は、おもしろがって、
「狸とつきあうなんざ、なかなか振《ふる》っている。乗りかかった船だ。どんなことだか知らないが、出来ることならやってやろう、言って見るがいい」
 狸は、嬉しそうに頭をさげて、
「ありがとうございます。……では、ご親切に甘えて申しあげます。ひょっとするとお聞きになったこともおありでしょうが、わたくしは、四国讃岐の禿狸《はげたぬき》なンでございます」
 とど助は、うなずいて、
「うむ、知っておる。伊予《いよ》松山の八百八狸《はっぴゃくやたぬき》、佐渡《さど》の団三郎狸《だんざぶろうたぬき》……讃岐の禿狸といえば、大した顔だ」
 狸は、てれ臭そうに、額を掻いて、
「そんなふうにおっしゃられるとてれッちまうんですが、実は、わたくしは、京極能登守さまのお先代がお屋敷に金比羅さまを勧請なさいましたとき、金比羅さまのお伴をして讃岐からやってまいりまして、この狸穴《まみあな》に住みついたのでございますが、おいおい眷属が増えまして、只今、三百三十三狸になっております」
「それは、えらい繁昌だの。……それで、なんのために所変えなどいたす」
「以前までは、われわれは大切にかけられ、町内にお狸月番などというものがございまして、供物や掃除やとよく行きとどき、いたって気楽に暮らしておりましたのですが、そういう古老がおいおい亡《なく》なられて、われわれをかまいつけるような奇特な方も少なくなり、それに、この節、このへんに人家が立てこんで来ましたせいか、たいへんに犬が多くなり、いかにも住みにくくなりましたので、思い切って古巣をすて、豊島ガ岡あたりの物静かなところへ引きうつろうと思うのでございます」
「なるほど、よくわかった。それでわれわれへ頼みというのは」
「毎夜、一匹ずつ豊島ガ岡までお連れねがいたいのでございます。その代り、一匹について、一両ずつ差しあげますが、いかがなものでございましょう」
「これはおもしろい。一匹一両ずつとすると、〆《しめ》て三百三十三両、いや悪くないな」
「お願いできましょうか」
「普通の駕籠ならいざ知らず、われわれはチトばかり瘋癲でな、とかく、変ったことを好む。いかにも味のある話だによって、のちの語り草に、ひとつ引きうけてやろう。……が、少しばかり腑に落ちぬことがある」
「なんでございましょう」
「そのように変通自在な力を持っているのに、なんで駕籠へなど乗る。……旦那面をして大手をふって歩いて行けばよいではないか」
「いえ、そうはまいらぬ訳がございます。……実は、途中の犬が恐いので……。犬にあうと訳もなく見やぶられてすぐ尻尾を出してしまいます。化の皮がはげて、二進も三進も行かなくなってしまうのでございます」
「いかにも、よくわかった。では、一匹一両ずつ、たしかに引きうけた。のう、アコ衆、引きうけてもいいだろう」
 今まで、なにか考えこんでいたアコ長、つまらなそうな顔で、
「いや、よしましょう。そんな話に乗っちゃいけません、馬鹿々々しい」
「なんで、馬鹿々々しいな?」
「だって、そうじゃありませんか。小判と見せて、実は木の葉。一文にもならないのに、豊島くんだりまで狸をかついで行くテはないでしょう」
 とど助、大きくうなずいて、
「いや、これは大しくじり。いかにもそうだ。……これ、狸、せっかくだが、その話はことわるよ」
 狸は、あわてて手を振って、
「じょ、じょ、冗談。……どうして、そんな人の悪いことをいたすものですか、木の葉などを使いますのは、酒買いに行く小狸のいたずらで、わたしどもは、そんな見識《けんしき》のないことはいたしません。禿狸の沽券《こけん》にかかわります」
 と言いながら、二ツ折から小判を一枚とりだして、とど助に渡し、
「どうぞ、充分におあらためくださいまし
前へ 次へ
全8ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング